※一部原文編集あります
英語教諭の夫にとって、英検準1級は、もはや単なる「英検」ではない。
文部科学省からの「命令」みたいなもの。
彼はこの秋、【英語教諭の特典(=準1級と1級の受験料50%オフ、ただし願書に勤務校記載必須)】を使って、準1級を受けた。
「やっと、夫が英語試験に取り組むのを見られる!」
—結果は二の次で、私は夫が英検準1級に挑むという事実だけで幸せを感じた。
10年間、ずっと待ち焦がれてきた、夫婦での英語切磋琢磨。
ここまで来るのに、いろいろあった。
「英語のセンセーなんだろ? かる~~くえいけん1級とか、とーいっく900いくつとか、満点とか、取って見せてくれよw」
—こんな論調は、自分がホームページを始めた年(2003年)にすでにあった。
私が英語再学習&ホームページを始めたのだって、元を正せば、「英語の先生は、英検準1級やTOEIC730以上ないと、生き抜けないぞ(できれば両方満たせよ)」と旧友から警告されたのがきっかけだ。
同年、夫はTOEICを2度(3月に公開1回と、8月にIP1回)受け、590と610。
私は、9月と、翌年1月に受けて、715と765。

私はその後も細々とながらTOEICを受け続け、夫はアンチTOEICオーラを出しまくった。
「アンチTOEICでもいいから、せめて英検とか、他の英語試験を・・・」と私は願ったけれど、夫の(教材研究ではなく、自分の楽しみ用の)英語との付き合いは、「勉強してるぞ」感がないまんま。
パラグライダーの英語サイトを読んだり、海外ドラマを見たり。
アリー my Loveや、24をよく見ていた。
学習法としては、「英語は絶対、勉強するな!」に共感していたように思う。
「とーいっくなんて知らん」と言いつつ、「文法特急」を購入し、しかしカバー紛失で枕元に無造作に読み捨ててあったのも見た。
2010~2012年からは、夫の英語への気持ちにも少しずつ変化が表れ始める。
息子が、中2~高1の3年間で、英検5級から2級まで駆け上がった(5級と4級は、満点合格)。
※高1冬に2級をゲットしてからは、息子の英検チャレンジは休止

高3の夏までに受かればいいな・・・と思っていたものに、高1の冬にギリギリ合格した息子。
「2次、合格しないでもしょうがない。学校でも予備校でも未習のものが出るんだもん」と、あまり期待せずにいたが、ギリギリでの合格。
息子は雑談が苦手なタイプなのか、attitudeは損してるかも。
演劇部を最後までやり通して、ようやくフツーに近くなってきた。
息子が英検2級に合格したあたりから、夫が明らかに変わった: こんなつぶやきも。
俺、息子に抜かれるんじゃないか?
そうこうする中で、2013年4月、夫は「県内の中の上進学校」に転勤になり、通常授業の他に、英検対策課外、夏季&冬季の進学課外(補習授業、時に合宿有り)、センター試験対策等に精を出すことになる。
業務としての各種教材研究・入試問題研究が、彼が古き良き?アナログ時代に築いた英語力を、再活性化させることになる。
英検を受けるために、市民運動会に欠場願いを出した夫。
(世帯2人で市民運動会を欠場で英検受けたたら、大ヒンシュクだったろうな)

TOEIC600点台だった10年前にすでに、700、800、それ以上の同僚や他校の先生方に「俺/私よりしゃべれる!」と言わしめていた夫。
全身全霊で臨んだ準1級は
1次試験:72 / 71(夫の得点 / 合格最低点)
2次試験:

しゃべると、すごいんです★ (ライティングはギリギリだけど)
1次対策は、【過去問アプリを数セット解いた】 取り組み期間 1か月。
2次対策は、職場のネイティヴとのリハーサル 取り組み期間:3週間。
TOEICで900超えても、不合格になることさえある英検準1級を、なぜ夫はこんなにしれっとゲットしたのだろうか???

身内並み感にすぎないが、夫の準1級一発合格の鍵は
(1) 英検で出題される題材が、教育畑一筋で来た夫に合っていた
(2) 紙の辞書を繰り返し引く耐性が非常に高い
—と考える。 ※夫のG4を見て、夫に地味に惚れ直したかも
(1)については、息子の高1の時の担任も似た意見を持っていて、
正直、高校生まではTOEICいらない。
TOEICの英語よりも英検の英語のほうが、母語で学習済み・体験済みなことを英語で表現する能力育成につながる
—と言っていた。
(2) については、「繰り返しても苦痛でないモノの個人差」だと思う。
夫はTOEICに取り組んでいた頃、「成果保障型 TOEICテスト Newton TLTソフト」なるCD-ROMドリルに75000円ほど投資したのだが、CD-ROMドリルの反復練習がしんどかったようなのだ。
だけど、紙の英和辞典(当時はG4を使用していた)を繰り返し引くことは、苦でなかった。
英検過去問アプリは1か月続けたみたいなんで、電子モノは短期決戦的に取り組めばイケるのだろうな・・・と推測。
(紙の)辞書を見れば、その人の勉強量がわかる
—は、ICT化の波を受けてそうとも言い切れなくなってるかもしれないけど、「繰り返して長期記憶化すさせる」は、語学を身に付けるための王道であることは、アナログ時代もデジタル時代も変わらない。
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